宇野千代について

宇野千代

/ 1897–1996

作家・実業家・デザイナーとして
98年の生涯を美しく生き抜いた、日本を代表する文化人

1957年野間文芸賞
1958年女流文学者賞
1971年女流文学賞
1972年芸術院賞
1974年勲三等瑞宝章
1982年菊池寛賞
1990年文化功労者
1996年没後勲二等瑞宝章
上品な水色に白い水玉模様の着物と白い帯を身につけ、トレードマークの大きな丸眼鏡をかけて優しく微笑む宇野千代のポートレート写真
1957年野間文芸賞
1958年女流文学者賞
1971年女流文学賞
1972年芸術院賞
1974年勲三等瑞宝章
1982年菊池寛賞
1990年文化功労者
1996年没後勲二等瑞宝章

宇野千代について

「宇野千代編輯」と書かれたファッション雑誌『スタイル』のポスターの前で、白いフリルのブラウスと白い花のついた帽子を身につけて机に座る若き日の宇野千代のモノクロポートレート写真

明治30年(1897年)、山口県岩国市に生まれる。若くして文学の道を志し、 大正10年(1921年)に発表した『脂粉の顔』が時事新報の懸賞小説で一等に入選し、 作家としての歩みを始める。

1930年代には『色ざんげ』(中央公論、1933年連載開始)が大きな反響を呼び、 既存の価値観にとらわれない自由な女性の生き方と繊細な心理描写で多くの読者の共感を集めた。 また昭和11年(1936年)にはスタイル社を創設し、ファッション誌『スタイル』を創刊。 新しい女性像と美意識を社会に提示した。

戦後も精力的に創作を続け、昭和32年(1957年)に刊行した『おはん』では、 男女の愛と別れ、人間の情念を静謐で格調高い筆致で描き高い文学的評価を受けた。 同作により野間文芸賞(1957年)および女流文学者賞(1958年)を受賞。

昭和47年(1972年)に日本芸術院賞、昭和49年(1974年)に勲三等瑞宝章受章、 昭和57年(1982年)に菊池寛賞受賞、平成2年(1990年)に文化功労者として顕彰された。 岩国市名誉市民にも選ばれ、平成8年(1996年)、98歳でその生涯を閉じるまで「美しく生きる」ことを体現し続けた。

縞模様とドット模様のモダンな和装に身を包み、広げられた美しい植物柄の着物を手に取って、優しく微笑みながら眺める宇野千代のモノクロ写真
和室で大きな丸眼鏡をかけ、鮮やかな青地の唐草模様の着物を着て、机に向かい熱心に筆で原稿を執筆する晩年の宇野千代のカラー写真

昭和57年(1982年)、85歳のときに発表した自伝的大作『生きて行く私』は、翌年の単行本刊行後ミリオンセラーを記録し、第30回菊池寛賞を受賞した。

恋愛・事業・創作にわたる波乱の生涯を9章に凝縮した本作は、困難をも糧に変え「幸福を周囲へ伝染させる」という宇野千代ならではの人生哲学を体現した作品として、世代を超えて読み継がれている。

略年表

明治30年(1897年)

山口県岩国市に生まれる

楕円形の枠の中に収められた、華やかな柄の着物を身にまとって正面を見つめる幼少期(子ども時代)の宇野千代のセピア調(古写真)のポートレート

大正8年(1919年)

藤村忠と結婚

大正10年(1921年)

「脂粉の顔」が時事新報の懸賞小説で一等に入選し
作家デビュー

表面に白いアラベスク調の模様と、中央に『脂粉の顔 宇野千代 著』と文字が刻まれた、アンティークな赤い装丁の書籍『脂粉の顔』の書影

大正15年(1926年)

尾崎士郎と結婚

モノクロ写真の前に、味わい深い黒茶色の備前焼の徳利と、白い釉薬が流れる2つのぐい呑(酒器)を並べて配置した画像

昭和5年(1930年)

東郷青児と暮らしはじめる

石灯籠のある庭園で並んで立つ東郷青児と宇野千代のセピア調の古写真の上に、オレンジ色に輝く2客のティーカップ&ソーサーを重ねて配置した画像

昭和8年(1933年)

「色ざんげ」を中央公論で連載開始

中央に『宇野千代 著』、右側に大きく『色ざんげ』と毛筆体で書かれ、左下に白いハイヒールのイラストが描かれた赤茶色の装丁の書籍『色ざんげ』の書影

昭和11年(1936年)

スタイル社創設・ファッション雑誌「スタイル」創刊

上部に赤字で反転した『スタイル』のロゴ、黒地に黄色い線画で2人のモダンな女性が描かれ、右下に『宇野千代編輯』と赤帯で記載された雑誌『スタイル』第6号の表紙

昭和14年(1939年)

北原武夫と結婚

タキシードに身を包み眼鏡をかけた北原武夫と、白いウェディングドレスにカサブランカのブーケを持って椅子に座る宇野千代の結婚式のモノクロポートレート写真

昭和19年(1944年)

戦時統制のためスタイル社解散

昭和21年(1946年)

「スタイル」復刊、驚異的な反響を呼ぶ

昭和32年(1957年)

「おはん」中央公論社より刊行
野間文芸賞受賞

左側に力強いタッチの顔のデッサンと『おはん』の文字が描かれた黒枠の箱と、右側に火鉢の前に座る女性のイラストが描かれた書籍『おはん』の表紙を並べた書影

昭和33年(1958年)

女流文学者賞受賞(「おはん」)

昭和34年(1959年)

スタイル社、多額の負債で倒産

昭和42年(1967年)

株式会社宇野千代を設立

昭和46年(1971年)

女流文学賞受賞(「幸福」その他)

昭和47年(1972年)

日本芸術院賞受賞

昭和49年(1974年)

勲三等瑞宝章受章

昭和57年(1982年)

菊池寛賞受賞
「生きて行く私」毎日新聞で連載開始・単行本刊行
ベストセラーとなる

淡いベージュの布地に可憐なピンクの桜の花や花びらが一面に描かれた書籍『生きて行く私』の、美しい装丁本とエンジ色の特製ケース

平成2年(1990年)

文化功労者として顕彰
岩国市名誉市民となる

落ち着いた青地に星のような模様が散りばめられた着物を着て、伝統的な日本家屋の瓦屋根がある縁側に腰掛け、優しく微笑む晩年の宇野千代のポートレート写真

平成8年(1996年)

98歳で逝去
没後に勲二等瑞宝章受賞が追贈される

宇野千代の多彩な表現

文学

/ LITERATURE

恋愛・人間の情念を繊細な筆致で描き、日本近代文学に新たな地平を開いた

『脂粉の顔』でデビュー後、『色ざんげ』『おはん』など代表作を発表し 数多くの文学賞を受賞

『おはん(その三)宇野千代』と書かれ推敲の跡が残る直筆の原稿用紙、その上に置かれた愛用の丸眼鏡と刀の鍔(つば)、そして左下にはお盆にきれいに並べられた大量の鉛筆と消しゴムを配置した、執筆風景を想起させる画像
左側にモノトーンのシックな背景に舞い散る桜の花びらが描かれた着物のデザイン画と、右側に満開の桜の木から無数の花びらが美しく吹き荒れる様子が色鮮やかに描かれた、2枚の着物のテキスタイル・デザイン図案(絵羽模様)

ファッション・デザイン

/ FASHION & DESIGN

昭和11年(1936年)にファッション誌『スタイル』を創刊

着物の意匠においても卓越した感性を発揮し、日本の伝統美を 現代的に昇華した表現を創造した

随筆・人生哲学

/ ESSAY & PHILOSOPHY

自叙伝『生きて行く私』はベストセラーとなり、98年の生涯を通じて 「幸福」「美しく生きること」を語り続けた

その言葉は現代にも力強く響く

淡いブルーグレーの背景に白い桜の花が可憐に描かれ、右上には『私は しあわせ 昔も 今も これからも』、左下には『幸福は 幸福を呼ぶ』と、それぞれ手書きの書と『千代』の落款が添えられた、宇野千代の心豊かな言葉が綴られた2枚の手記絵はがきイメージ

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流れるような波紋の地ざらしに、可憐なピンクの桜や白い椿、夜桜を思わせる黒地に桜の文様など、華やかでモダンな色彩の着物の反物が美しく広げられ並ぶテキスタイル

作品・デザイン


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手前に広げられた『おはん』の浮世絵風挿絵や直筆原稿が印刷された美しい巻物を中心に、奥には『大狗庵久吉 宇野千代』と書かれた緑色の書籍、青色の特製本、木箱などの貴重な文学資料が並ぶ画像

作品の利用・ライセンス


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中央に描かれた女性の柔らかな顔のデッサン画を中心に、アンティークな彫刻が施された古い本、手書きのメモ、海外の街並みが写るモノクロの古写真が情緒的に並べられたコラージュ画像

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